大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所 昭和61年(行ウ)2号 判決 1987年11月26日

原告

荒蒔美彌子

右訴訟代理人弁護士

高橋信正

宍戸博行

被告

宇都宮労働基準監督署長田野芳夫

右指定代理人

畠山隆敬

中川誠一

藤平俊

高際一夫

内藤修

石島和夫

桐生正男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一  被告が、昭和五七年五月七日付で原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付不支給決定を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨

第二当事者の主張

(原告の請求の原因)

一  原告は、栃木県河内郡河内町大字下岡本二一一五番地一三所在の有限会社八汐エンタプライス(以下「本件会社」という。)において経理等の業務を担当していたが、昭和五六年八月五日午後一時三〇分ころ、同社の郵便物の送付及び来客への土産の購入のため原動機付自転車を運転し、同社付近の十字路交差点を東進中、同交差点を南進してきた普通貨物自動車に接触され、右膝部裂傷、四肢及び顔面挫傷、右肩部打撲傷、頸椎捻挫の傷害を負い、小島原外科にて入院及び通院加療を受けた(以下「本件事故」という。)

二  そこで、原告は、昭和五六年八月三一日ころ、被告に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき、本件事故による同年八月三〇日及び翌三一日の療養について療養補償給付の請求をしたところ、被告は、昭和五七年五月七日、原告に対し、原告は労災保険法上の労働者とは認められないことを理由として、療養補償給付の支給をしない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

三  しかし、原告は、次のとおり、労災保険法上の労働者であるから、本件処分は、違法である。

1 本件会社の概要

(一) 本件会社は昭和四九年一月二一日に設立された。

(二) 出資金総額は五〇万円であり、原告の夫である荒蒔敏夫(以下「敏夫」という。)が三〇万円、原告が二〇万円をそれぞれ出資している。

(三) 会社の目的は、登記簿上数種の事業が掲げられているが、現実には、設立以降現在に至るまで、建設資材の販売業務が事業内容の九割以上を占めている。

(四) 取締役は、設立当初、敏夫と原告の二名であったが、昭和五〇年一〇月三一日に藤田栄一(以下「藤田」という。)が就任し、三名となって現在に至っている。代表取締役は設立時から現在まで敏夫が就任している。

2 本件会社の業務内容・業務分担等

(一) 本件会社の主たる業務は、前記のとおり建設資材、具体的にはフェンス等の外柵資材を販売し、その取り付け工事を行うことであり、その業務内容は、対外的な営業業務、対内的な経理等の一般事務及び工事部門に大別される。

(二) 本件事故の発生した昭和五六年度に、本件会社から賃金の支払を受けているものは、別紙賃金支払状況記載のとおりであるが、そのうち一定期間継続して、実質的に会社の業務を担当しているのは、敏夫、原告及び相馬寿夫(以下「相馬」という。)の三名だけである。

(1) 取締役である藤田は、本件会社が建設業の許可を得るために、工事の経験を有するものが必要ということで名目的に非常勤取締役として就任してもらったもので、実際には同人は、会社の業務に従事せず、自宅において農業を営んでいる。

(2) 荒蒔キクエ(以下「キクエ」という。)は、敏夫の母であり、本件会社が敏夫の自宅の一部を事務所として使用している関係上、同居している母に電話番を頼むことがあるため、小遣い程度の金額を賃金名目で支払っているもので、会社の業務には従事していない。

(3) 西山路代(以下「西山」という。)は、敏夫の知人で茨城県に居住するものであり、同人の自宅を本件会社の茨城事務所として使用し、電話番を頼んでいるため、その謝礼を賃金名目で支払っているだけで、会社の業務には従事していない。

(4) その他の、荒蒔麻紗美(荒蒔睦美と同一人)・荒蒔哲也は敏夫の子、野上・粕谷は学生アルバイトであり、これらは支給金額からも明らかなように、一時的に会社の雑用を頼んだだけに過ぎない。

(三) 敏夫、原告及び相馬の三名の業務分担は次のとおりである。

(1) 敏夫は、名実共に本件会社の代表者として、会社の業務全般を指揮監督し、自らは対外的な営業業務全般及び対内的事務のうち原告の行い得ない見積り・原価計算等の業務を担当していた。

(2) 相馬は、敏夫の指揮監督の下に、工事部門のみに従事していた。

(3) 原告は、敏夫の指揮監督の下に、対内的事務のうち前記敏夫が行う以外の一般事務に従事していた。その具体的内容は、帳簿事務、現金出納、電話応対、商談の取り次ぎ、事務連絡、その他の雑用等であり、その業務はほとんどすべてが、本件会社の事務所(前記のとおり自宅兼用)において行われた。

(4) 従って原告は、本件会社を代表して業務執行を行うことがなかったのはもちろんのこと、そもそも対外的業務に全く関与しておらず、もっぱら敏夫の指揮監督の下に、対内的な一般事務のみに従事していたのである。

3 原告の労働者性について

(一) 労災保険法における「労働者」の概念については、労働基準法(以下「労基法」という。)にいう「労働者」と同一であり、「職業の種類を問わず同法八条の事業又は事業所に使用されるもので、賃金を支払われる者」をいう(同法九条)。右「使用される者」とは、使用者の指揮命令の下に労働に従事し、使用者との間に使用従属の関係にある者と解され、名称のいかんを問わず、右労働の対価として「賃金」を得る者が労働者である。そして、右労働者であるかどうかの判断については、事実として従属的な労働関係にあるか否かを、労働関係の具体的実態的観点から判断されなければならない。

(二) 本件においても、原告の労働者性の判断に当たっては、同人が有限会社法上、業務執行権を有しているか否かといった形式的な点を問題にするのではなく、実態として従属的な労働関係が存在するか否かを問題としなければならないところ、前記のとおり、実態として、原告が本件会社を代表する地位になく、代表取締役の指揮命令を受けて会社業務(会社の事務のみ)に従事していたことは明らかであり、原告の労働者性は肯定されなければならない。

(三) そもそも、本件会社のような小規模な有限会社においては、取引上あるいは税務対策上の理由から会社組織の形態をとっているものの、その実態は、代表取締役が業務全般の指揮監督を行い、その他の者はたとえ取締役の名称はついていても右指揮監督の下に労働に従事し賃金を得る労働者に過ぎない個人企業である場合が、極めて多く見られるところである。

(四) また、本件事故発生前、宇都宮労働基準監督署において、代表取締役以外の取締役については労働者として取り扱うので、労災保険料の算定に際し、取締役に支払われる賃金も算入して申告するよう指導を行い、現実に本件会社においても、原告の賃金も算入して申告してきたのであるが、このことも、右のような有限会社の実態を前提としているものである。

4 本件処分のように、労働者性の判断に際し、労働実態を重視することなく、業務執行権の有無という形式的な点を重視することは、結果においても、極めて不合理であると言わなければならない。すなわち、本件会社のような個人企業的色彩の濃い有限会社において、あらかじめ、労災保険の適用を考慮し、定款や社員総会の決議等をもって取締役の業務執行権を制限しておくことを期待するのは困難であり、また右のような制限の有無によって労働実態が変わるわけではないのにもかかわらず、たまたま右の知識がなく定款や決議等が作成されていなかったために、労災保険の保護を受けられない結果となってしまう。

四  原告は本件処分に対し、昭和五七年六月一一日ころ、栃木労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたところ、同審査官は同年一一月二五日、これを棄却する旨の決定をした。さらに、原告は、右決定に対し、昭和五八年一月一四日ころ、労働保険審査会に再審査請求をしたところ、同審査会は昭和六一年五月二一日、これを棄却する旨の裁決をし、右裁決書が同年六月六日ころ原告に送達された。

五  よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

(請求原因事実に対する認否)

一  一の項のうち、原告が本件会社において経理等の業務を担当していたことは知らないが、その余は認める。

二  二の項は認める。

三  三の項は争う。

四  四の項のうち、労働保険審査会の裁決書が昭和六一年六月六日ころ、原告に送達されたことは知らないが、その余は認める。

(被告の主張)

一  労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)の概要

1 労災保険制度について

労災保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷・疾病・障害又は死亡に対して、迅速かつ公平な保護をするため、必要な保険給付を行うことを目的とした制度であり(労災保険法一条)、労災保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労基法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものである。

そして、労基法の規定により、使用者に療養補償(同法七五条)、休業補償(同法七六条)等の責任を負わせ、これらの規定に違反した者に対しては罰則(同法一一九条一号)をもって補償義務を強制している一方で、労基法上の使用者の災害補償責任を責任保険という保険の形で担保し、使用者の災害補償義務を労災保険制度によって肩代わりして、より高度の保険給付を行い労働者の負傷等の療養及び生活の安定を確保しようとするものである。

2 労災保険法における労働者の概念について

労災保険法上、労働者の概念についての明文の規定はないが、同法一二条の八第二項に、業務災害に関する保険給付は、労基法に規定する災害補償の事由が生じた場合にこれを行う旨定めていること、また、労災保険法が、労基法に規定する使用者の災害補償義務を代行するものであるという立法趣旨及び目的からして、労災保険法にいう労働者とは、労基法にいう労働者と同一のものと解される。

そして、労基法九条には、「労働者とは、職業の種類を問わず、労基法八条の事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定されており、右の「事業に使用される者」とは、使用者と労働契約を締結し、その指揮命令のもとに労働力を提供する者、即ち使用者との間に使用従属関係がある者と解され、また、右の「賃金」とは、名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいうのである(労基法一一条)。

従って、労働者とは右の要件を充足している者を言い、法人、団体等の代表者、執行機関の地位にある者又は個人事業主等事業主体との関係において、使用従属関係に立たない者は、労災保険法上の労働者とはなり得ないのである。

3 労働保険の申告について

(一) 労災保険法における保険給付等の原資は「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」(昭和四四年法律第八四号)二条の規定によるものである。

即ち、労災保険法による労災保険と雇用保険法(昭和四九年法律第一一六号)による雇用保険とを総称して「労働保険」と言い、この保険料(労災保険分と雇用保険分を統合した保険料)は、事業主が政府に申告、納付するもので、労働者を一人でも雇用している事業主は当然適用(労災保険法三条一項、雇用保険法五条一項)され、該当する事業主は、労働者に対する支払賃金をもとに労働保険料を算定し、毎年度申告、納付(期日五月一五日)する義務があるのである。

(二) 原告は、労働保険料申告書を提出するに当たり、取締役の賃金を算入して労災保険料を算出し申告したのは、労働基準監督署から、労働保険料を算出する場合、法人の役員の報酬又は賃金は、代表取締役を除いて労働保険料算定基礎であるところの賃金総額に含めて算出し申告を行うよう指導を受けた旨主張するが、原告の本件事故発生前の昭和五五年度における労働保険料の申告に際しては、同年四月栃木労働基準局の管轄に係る適用事業場に対し、栃木労働基準局から、労災保険法上の法人の役員の取扱いについては後記二の1のとおり周知されているところである。

二  法人の役員に関する労働者性

1 労災保険法における法人の役員の取扱いについて

(一) 労災保険の実務における、法人の役員を労働者として扱うか否かに関する基準は、労基法九条に規定する労働者と同一のものと解され、「法人、団体、組合の代表者又は執行機関たる者の如く、事業主体との関係において使用従属の関係に立たない者は労働者ではない。」(昭和二三年一月九日付け基発第一四号労働省労働基準局長通達)との見解をとっている。

また、法人の役員について、

「一、法人の取締役、理事、無限責任社員等の地位にある者であっても、法令、定款等の規定に基づいて業務執行権を有すると認められる者以外の者で、事実上、業務執行権を有する取締役、理事、代表社員等の指揮、監督を受けて労働に従事し、その対象として賃金を得ている者は、原則として労働者として取り扱うこと。

二、法令又は定款の規定によっては業務執行権を有しないと認められる取締役等であっても、取締役会規則その他の内部規定によって業務執行権を有する者がある場合には、保険加入者からの申請により、調査を行い事実を確認したうえでこれを除外すること。この場合の申請は文書を提出させるものとする。」(昭和三四年一月二六日付け基発第四八号労働省労働基準局長通達)

との取扱いをしている。

(二) 有限会社の取締役については、

「一、代表取締役が選任されていない場合

有限会社の取締役は、有限会社法二七条二項の規定により各自会社を代表することとされていることから、同条第三項の規定に基づく代表取締役が選任されていない場合には、代表権とともに業務執行権を有していると解されるので、労働者とは認められないこと。

二、代表取締役が選任されている場合

有限会社において代表取締役が選任されている場合であっても、代表取締役以外の取締役は、当然には業務執行権を失うものではないが、定款、社員総会の決議若しくは取締役の過半数の決定により、業務執行権がはく奪されている場合、又は実態として代表取締役若しくは一部の取締役に、業務執行権が集約されている場合にあっては、業務執行権を有していないと認められることから、事実上、業務執行権を有する取締役の指揮、監督を受けて労働に従事し、その対償として労働基準法第一一条の賃金を得ている取締役は、その限りにおいて労働者と認められること。」(昭和六一年三月一四日付け基発第一四一号労働省労働基準局長通達)

とされて、有限会社の取締役に対する労働者の判断基準が明確にされた。また、この通達の具体的な取扱いについては、

「昭和六一年三月一四日付け基発第一四一号通達は、代表権を有する取締役については、労働者性が認められないことを再確認するとともに、代表権を有しない取締役(代表取締役が選任されている場合における代表取締役以外の取締役)については、実態により労働者性の有無の判断を行うこととしたものであること。

なお、代表権を有しない取締役の労働者性の有無の判断に当たっては、

(1) 代表取締役との関係、代表取締役以外の他の取締役との比較、一般の労働者との関係

(2) 業務従事についての諾否の有無

(3) 業務従事についての時間的拘束及び場所的拘束の有無

(4) 業務遂行過程における具体的な指揮監督の有無

(5) 報酬の労働対償性の有無

等を総合的に勘案のうえ実態に即して行うこと。」(昭和六一年三月一四日付け労働省労働基準局補償課長事務連絡第五号)

とされている。

(三) 前記昭和三四年一月二六日付け基発第四八号通達は、法人の取締役・理事・無限責任社員等の地位にある者は原則として労働者とは認められないが、これらの者であっても例外的に法令・定款等の規定に基づき業務執行権を有しないと認められる者で、労働の対象として賃金を得ている者は労働者として扱うこととし、また、法令又は定款の規定により業務執行権を有しない取締役であっても、内部規定により業務執行権を有する者は、労働者ではないとしたものである。

そして、昭和六一年三月一四日付け基発第一四一号通達は、前記昭和三四年一月二六日付け基発第四八号通達における有限会社の取締役に関する従前の取扱いを具体的に示したに過ぎないのであり、会社役員の労働者性に関する行政解釈を変更したものではない。

2 本件会社における原告の労働者性について

(一) 有限会社の取締役の業務執行権に関する行政解釈について

原告は、被告が、本件会社における原告の労働者性の判断に当たり、業務執行権の有無という形式的な点のみを問題にするのは不合理である旨主張する。

しかしながら、有限会社法二七条三項の規定に基づき、代表取締役が定められている場合でも、取締役が本来有する業務執行権は法律上当然失うものではないので、昭和三四年一月二六日付け基発第四八号労働省労働基準局長通達でも、法人の役員について、事業主体との関係で使用従属関係があるか否かを判断する場合に、その者が執行機関たる地位にあるか否かは重要な要素であるとしているのである。

(二) 本件事故当時、本件会社の取締役は原告、敏夫及び藤田の三名で、敏夫が代表取締役として登記されているが、原告に対し、業務執行権を付与していない旨の規定及び業務執行権をはく奪又は制限するため定款を変更した事実や社員総会等の決議は存しない。

(三) 本件会社における原告の職歴からみた労働の実態

原告は、日清紡株式会社島田工場、大石産業株式会社(以下「大石産業」という。)、ロイヤル化成株式会社(以下「ロイヤル化成」という。)、国華建材株式会社(以下「国華建材」という。)にそれぞれ勤務した後、昭和四九年一月二一日本件会社の設立に当たり二〇万円を出資して、会社の社員及び取締役に就任したものであるが、原告の勤務していた前記各会社の従業員数は大石産業では一二、三名、ロイヤル化成では五、六〇名、国華建材では四、五〇名であって、右各会社における原告の担当業務はいずれも会社の中枢である総務事務であり、中でも大石産業では、株式会社が必要とする諸帳簿類のほとんどを記帳しており、またロイヤル化成においても保険関係とか人事、賃金関係の事務に従事していたのであって、原告は、中小企業の事務全般に精通するベテランである。従って、原告の職歴からすると本件会社の業務執行については、敏夫の細かい指揮監督を受けることなく事務処理ができたのである。原告が事務を担当していたとしても、敏夫が事務員を雇用しない方針であったため、他に事務を担当する従業員がいないので、取締役である原告が一般事務にも従事していたというだけのことである。従って、原告が単なる事務員であって、業務執行権は有しないとの主張は失当である。

(四) 原告の勤務時間・勤務場所について

原告が勤務する本件会社の事務室は、住居と同一の建物にあって、勤務時間は午前八時から午後五時までであり、事務所に常時勤務する者は原告一人である。しかし、事務所のドアを開けておくと住まいから事務所内が見える構造になっていること、仕事がない時は自宅に戻っていることもあること、敏夫の母親が老人性の病いで昭和五七年ごろ入院する二・三年前から寝たり起きたりの生活をしていること、電話は住まいでも事務所でもどちらからでも取れる転送方式のものであること、そして、本件会社の事務量が少なかったところから、仮に午前八時に事務所を開けたとしても、事務所に一日中勤務することなく、自宅に居て、電話等があれば応対するという生活がごく自然であり、他に従業員もいないので、勤務時間や場所については拘束されることなく、原告の判断で自由に勤務し得る立場にあったのである。

(五) 原告の報酬について

(1) 原告には本件事故発生前まで、過去数年にわたり毎月定額の一五万円が支給されており、他の従業員の賃金が日給月給制、あるいは日給制で賞与が支給されているのに比し、原告の報酬が代表取締役と同様に賞与等諸手当の支給がないことや、敏夫が、賃金の支払時期は月末であるが、原告については金がない時には支払わない旨述べ、さらに、原告も賃金の支払が遅れることもあるのは原告と敏夫だけであると述べていること等からすれば、原告への支払は労働に対する対価というよりはむしろ代表取締役と同じ利益処分たる報酬であり、他の一般の従業員と異なっていたことは明らかである。

(2) 原告は、昭和五六年八月五日に本件事故に遭ってから、同年一二月末日まで本件会社を休んでいたのに、その間、原告の仕事を代行させた形跡はない。これは、本件会社においては、元来、事務員を一人雇うほどの事務量はなかったことを意味するものである。それにもかかわらず原告が欠勤扱いとなっていた昭和五六年一一月、一二月の二か月間についても、原告に対し、月額一五万円が支給されているが、この月額一五万円は、労働の対償としての賃金ではなく、代表取締役と同様執行機関の地位にある役員報酬とみるのが妥当である。

3 相馬の労働者性について

原告は、実質的に継続して本件会社の業務に従事しているのは原告、敏夫及び相馬の三名である旨主張するが、相馬について、昭和五〇年ころから本件会社の下請をしていたが、昭和五三年になって県や市町村に工事指名参加願を提出する際、現場監督が必要であるというので入社させたこと、会社には出勤せず現場に直行するシステムであること、現場の仕事は年のうち三分の一か二分の一で、仕事がない時は自宅で農業をしていること、相馬は請負人であって、請負人は相馬だけであること、損益計算書には外注工賃として七〇〇万円余が計上されていること、相馬に支給していた月額五万円は、敏夫の母親キクエに支給していた金額と同額であり、母親に支給していた五万円について、原告が、小遣い程度を支払っていた旨主張していること等からすると、相馬に支払われていた五万円は労働の対償としてではなく、指名参加願いの名義料か、あるいは請負人として仕事がない時もあるので、失業保障的な金銭であると見るのが妥当である。そうすると、相馬と本件会社との間には労働契約関係は存在しない。

なお、自然人である請負人は自ら使用者の立場に在るものであり、労基法上の賃金を支払われる者とは見られないから労基法九条の労働者ではないと解される。従って相馬は労基法九条にいう労働者とは認められない。

4 取締役藤田との比較

原告と同じ取締役である藤田については、非常勤取締役の名目であるが、実際には本件会社の業務には従事せず農業をしていること、さらに、建設業の申請をするときに技術者の資格が必要であったので名目的な取締役として賃金を支払っていることからすると、藤田は、原告と全く異なった取扱いをされており、名目だけの取締役であって本件会社の業務執行権を有する地位になかったものである。

5 他の労働者について

原告は、本件会社における常勤の従業者は、原告、敏夫及び相馬の三名であり、他の者は、電話番や一時的なアルバイトである旨主張するが、相馬は、前記のとおり請負人であり、本件会社の労働者ではない。従って、原告と比較する他の労働者は存在しないのである。

6 以上のように、原告は有限会社法二六条に規定する業務執行権を有する取締役の地位にあり、事業の運営に当たるものであり、報酬支払についても本件会社においてただ一人代表取締役と同様な取扱いを受けていたのである。

従って、原告は、本件事故発生当時、労災保険法の適用を受ける労働者であったということはできない。

三  事業主との関係における労働者性

1 労災保険法における同居の親族に関する行政解釈

事業主が、同居の親族とともに一般労働者を使用する場合における、当該同居の親族の労働者性については、昭和二四年一月八日付け基収第六七号労働省労働基準局長通達に基づき、同居の親族は、原則として労働者ではないとしてきたところであるが、その後における事業経営の形態や労務管理の実態の変化に伴い、昭和五四年四月二日付け基発第一五三号労働省労働基準局長通達をもって、その取扱いを明確にした。

即ち、同居の親族は、事業主と居住及び生計を一にするものであり、原則として労基法上の労働者には該当しないが、同居の親族であっても、常時同居の親族以外の労働者を使用する事業において、一般事務又は現場作業等に従事し、かつ、<1>業務を行うにつき、事業主の指揮命令に従っていることが明確であること、<2>就労の実態が当該事業場における他の労働者と同様であり、賃金もこれに応じて支払われていること、特に、始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等及び賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期等について、就業規則その他これに準ずるものに定めるところにより、その管理が他の労働者と同様にされている場合に限り、労基法上の労働者として取り扱うものとしているのである。

なお、この通達の運用に当たっては、業務上の指揮命令関係が明確で、賃金、労働時間等についても明文の諸規程により他の労働者と同様に管理される等その労働関係の在り方が客観的に明確に認定できるような、管理体制の整備された事業が前提である。

2 本件会社の実態について

(一) 組織について

本件会社は、以前敏夫の個人経営であったものを取引上あるいは税務対策上の理由から会社組織の形態をとったに過ぎないものであり、実質的には敏夫の個人事業である。

このことは、定款や出資払込金領収証からみても原告と敏夫が本件会社の出資口数五〇〇口を全て有する社員であること等からも明らかであり、本件会社は、労災保険法上形式的な法人であると言わなければならない。

(二) 就業規則、賃金規則について

本件会社には、就業規則はなく、賃金規則もない。この備え付けがないということは、業務上の指揮命令関係が不明確であるばかりでなく、賃金や労働時間等についても、他の労働者と同じ扱いをしていたか否かを客観的に認定できる管理体制になかったことを意味するものである。

(三) 賃金について

本件会社では、月給者と日給者の区別がされ、月給者は原告、敏夫及び相馬の三名でそれ以外は日給者であり、支払日は毎月月末であるが、原告と敏夫は金がない時は支払日に払わず日(ママ)給者のうち原告と敏夫は損益計算書上も役員報酬として計上し、他の労働者と異なる扱いをしていた。

(四) 原告について

原告は、事業主敏夫の妻であり、同居し生計を一にする「同居の親族」である。原告の生活実態は前記のとおりであり、妻としてその経営についても協力関係にあって、使用従属の関係になかったものである。

(五) 前記の同居の親族に関する通達は、同居の親族が、常時同居の親族以外の労働者を使用する事業において、他の労働者と同じ扱いを受けていた場合に限り、労働者として取り扱うものとしているのであるが、本件会社の実態は、実質的には敏夫の個人経営であり、労働者の雇用関係も、藤田は名目だけの取締役であったこと、相馬の実質は請負人であること、他の者は電話番や一時的なアルバイトであり、常時同居の親族以外の労働者は雇用していなかったのである。

従って、原告は右通達においても労働者ということはできないのである。

3 以上のとおり、原告は、事業主との間に使用従属の関係があるものとはいえず、むしろ事業主と利益をともにする地位にあったというべきであるから、労災保険法の適用を受ける労働者には該当しない。

四  以上によれば、原告が労働者に当たらないとして原告の療養補償給付請求に対し、これを支給しないとした被告の本件処分は適法である。

(被告の主張事実に対する認否)

原告が労災保険法上の労働者に該当しないとの主張はすべて争う。

(原告の反論)

一  労災保険法における法人の役員の取扱いについて

被告は、昭和六一年通達が、昭和三四年通達による従前の取扱いを具体的に示したに過ぎず、会社役員の労働者性に関する行政解釈の変更ではない旨主張するが、これは、次のとおり誤りである。

1 有限会社の取締役であっても労働者と認められる場合として、昭和三四年通達においては「法令、定款等の規定に基づいて業務執行権を有すると認められる者以外の者」とされていた。しかるに、昭和六一年通達においては「定款、社員総会の決議若しくは取締役の過半数の決定により、業務執行権がはく奪されている場合、又は実態として代表取締役若しくは一部の取締役に業務執行権が集約されている場合」とされており、「又は実態として」以下の文言が新たに追加されたものであり、その内容に変更があったことが明らかである。

2 また、昭和六一年通達が、頭書に「労災保険法における法人の重役の取扱いについては、昭和三四年一月二六日付け基発第四八号により取り扱ってきたところであるが、法人の重役のうち有限会社の取締役の労働者性については、近年における判例等の動向等にかんがみ、下記により取扱うこととしたので了知されたい。」とし、さらに、右通達による適用範囲を、「昭和六一年四月一日以後に発生した事故に係る保険給付について適用する」としていることからも、通達の内容に変更があったことを前提とする取扱いであることがうかがわれる。

二  本件会社における原告の職歴からみた労働の実態について

被告は、原告の職歴からみて同人が中小企業の事務全般に精通しており、敏夫の細かい指揮監督を受けることなく事務処理ができた旨主張し、これをもって原告が業務執行権を有していたことの根拠とする。しかしながら、仮に原告が事務全般に精通していたとしても、会社内部の一般事務の事務処理能力と、会社の業務全般を掌握し、会社を代表して業務執行しうる能力は全く異なるのみならず、能力と権限の問題も別である。原告についていえば、本件会社において、現実に業務執行の権限を有していなかったばかりか、その能力もなかったものである。

被告の右の点に関する主張は、事実に反するばかりか、そもそも業務執行権を有する根拠となりえない。

三  原告の勤務時間・勤務場所について

被告は、原告が「勤務時間や場所については拘束されることなく、原告の判断で自由に勤務しうる立場にあった」とし、このことをもって原告が業務執行権を有していたことの根拠とする旨の主張をするものと思われる。しかしながら、原告は仕事をしているときは会社(事務所)で執務しており、特に仕事のないときも大体事務所にいたが、時には自宅のほうに戻っていたこともあるというもので、場所的拘束は受けていたものである(逆にいえば、原告は、自由に長時間外出するなどして、電話を受けられない状態でいることは許されないのである。)。

また、勤務時間についても、午前八時から午後五時までの就業時間の拘束はあり、原告の場合それに加えて、自宅兼事務所であったことから午後五時以降も電話があれば受けなければならないという拘束があったのである。

従って、被告の右主張は、事実に反するばかりでなく、そもそも勤務時間や場所についての拘束の有無と、業務執行権の有無とは全く別問題であって、原告の労働者性を否定する根拠とはなりえない。

四  原告の報酬について

1 被告は、原告に支給した金員の名目が賃金か役員報酬かを問題とする。しかし、本件会社においては、代表取締役も含めて全員に対し給料(賃金)名目で支払っており、ただ損益計算書において、税法上の関係で役員報酬として計上しているに過ぎず、その処理内容が本件との関係で問題となるものでもない。また、そもそも右の点は名目の問題に過ぎず、それによって原告の労働実態が左右されるわけでもない。

また、被告は、原告の賃金体系が「他の一般の従業員」と異なることを問題とする。しかし、被告がいう「他の一般の従業員」とは、日給月給制あるいは日給制で賃金が支給されるいわゆるアルバイト等の従業員であって、継続的かつ実質的に会社の業務に従事する原告とこれらの者と比較すること自体、不適当である。

2 被告は、本件事故による原告の欠勤期間と賃金の支給期間が一致しない旨主張する。しかし、原告が本件事故により欠勤していた期間は昭和五六年八月から一〇月(正確には昭和五六年八月五日から一〇月三一日まで)の約三か月間であり、原告に対する賃金の不支給期間も、右欠勤期間と一致しており、何等問題はない。

五  相馬の労働者性について

相馬が、本件会社の労働者としての地位とともに請負業者としての地位も合わせ持っており、そのため通常の労働者と異なった労働条件であったことは事実である。しかし、そのことをもって、相馬の労働者性を全く否定することはできない。本件会社は、建設資材の販売とともに取り付け工事も業務としており、相馬が会社の業務としての工事に従事する範囲では、代表取締役の指揮命令に服し、その対価たる賃金を受けるものだからである。右の範囲での、相馬の労働者性は否定できず、要は、相馬の労働者としての仕事と請負業者としての仕事の割合の問題である。

六  事業主との関係における労働者性について

被告は、本件会社における就業規則・賃金規則の不備を指摘し、それゆえに労働者性を客観的に認定できる管理体制になかった旨主張する。被告の右主張が、労働者性の有無につきいかなる関係をもつのか明らかではないが、もし右規則の不備が、原告の労働者性を否定する根拠となるという趣旨だとすれば不当である。右規則の不備は、いずれも形式的な問題であり、その有無によって労働実態が左右されるわけでもない。のみならず、就業規則・賃金規則の不備は、一般の中小企業にも多くみられるところであり、右規則の不備ゆえに労働者性を否定するというのは、中小企業の実状を無視するものである。

(原告の反論に対する認否)

すべて争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因一の項のうち、本件事故発生の事実、同二の項(本件処分)の事実、同四の項のうち、原告が本件処分について、昭和五七年六月一一日ころ、栃木労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をし、同審査官が同年一一月二五日、右審査請求を棄却する旨の決定をし、原告が右決定について、昭和五八年一月一四日ころ、労働保険審査会に対し、再審査請求をし、同審査会が昭和六一年五月二一日、右再審査請求を棄却する旨の裁決をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、右裁決書謄本が原告に送達されたのは、同年六月三日以後であることが認められ、原告が本件訴えを提起したのが同年九月三日であることは当裁判所に顕著であるから、本件訴えは行政事件訴訟法一四条一項所定の出訴期間内にされたものと認められる。

二  そこで、原告が、労災保険法上の労働者といえるかどうかにつき検討するが、同法上の労働者概念については労基法上のそれを基礎としているものと解されるから、原告が労基法九条で定義される労働者に該当するかどうかについて審究する。

1  いずれも原本の存在とその成立に争いのない(証拠略)を総合すれば

(一)  本件会社は、昭和四九年一月二一日、出資金総額五〇万円として、原告の夫である敏夫が三〇万円を、原告が二〇万円(ただし、現実には敏夫が出捐している。)を、それぞれ出資して設立された、主として建設資材の販売業を目的とした会社であるが、その本店所在地は、敏夫、原告夫婦の住所地であり、事務所は、同夫婦の自宅と同一建物内にあること

(二)  本件会社の取締役には、設立当初から、敏夫と原告の二名が就任しており、その後、昭和五〇年一〇月三一日、藤田も就任して、現在では三名となっているが、藤田は、本件会社が建設業の許可を得るために技術者が必要であるということで、名目的に取締役に就任したに過ぎず、実質的には、本件会社の業務に従事していないこと

(三)  本件会社は、その定款において、取締役を二名以上置いたときは、取締役の互選によって代表取締役を定める旨規定し、設立当初から現在まで敏夫が代表取締役に就任しているが、原告を含む他の取締役について、定款において業務執行権を付与していない旨定めた規定、業務執行権をはく奪又は制限するため定款を変更した事実やその旨の社員総会等の決議はいずれも存しないこと

(四)  昭和五三年四月から昭和五七年三月までの間に、本件会社から、賃金名目で支払を受けていた者及びその年額は、別紙賃金支払状況記載のとおりであるが、敏夫、原告、藤田の三名分については、本件会社の損益計算書上では役員報酬として処理されていること

(五)  本件会社から賃金名目の支払を受けている者のうち、

(1) 藤田は、前記のとおり、名目的取締役であって、本件会社の業務に従事していないこと

(2) 相馬は、昭和五〇年ころから、本件会社の発注する工事を請負っていたところ、本件会社が地方公共団体に対し工事指名参加願を出すに当たり現場監督が必要であるため、昭和五三年ころ、現場監督ということで本件会社に勤務するということになったが、その後も、本件会社からの発注を受けて、工事の請負業をも継続しており、右請負工事代金は、賃金とは別に支払を受け、また勤務形態も、本件会社の事務所へは出勤せず、現場の仕事があるときだけ、直接自宅から工事現場へ赴き、作業終了後直接自宅へ帰るという方法であったこと

(3) キクエは、敏夫の母であり事務所と兼用している敏夫の自宅に敏夫夫婦と同居しているが、本件会社宛の電話がかかる場合に、その応対をしているため、賃金名目で小遣い程度の金員の支払を受けているだけで、実質上本件会社の業務には従事していないこと

(4) 西山は、敏夫の知人で茨城県に居住しているところ、本件会社が同県において営業活動を行おうとした際に、同人の自宅を営業所ということにして、電話番を頼んだため、賃金名目の支払を受けているだけで、本件会社の業務には従事していないこと

(5) 他の者らは、いずれも一時的なアルバイトに過ぎず、継続的に本件会社の業務に従事しているものではないこと

(六)  原告は、自宅の一画にある本件会社の事務所あるいは自宅において、敏夫の指示に基づき、出勤簿、賃金台帳、労働者名簿の記帳、保管、請求書の作成、仕訳、伝票の記入、支払関係のチェック、電話番、その他の雑用を行っていたが、当初は義母であるキクエに家事の一部を分担してもらっていたものの、昭和五四、五年ころにキクエが老人性の病気で寝たり起きたりの状態になってからは、右の作業と共に、家事、キクエの世話等も行っていたこと

(七)  本件会社では、事務が忙しくなる場合に、アルバイトを雇ってはいたが、敏夫は、事務員を雇わなくてすめば、賃金を払わなくていいということから、従業員として事務職員を雇うことなく、事務関係の仕事を原告に担当させていたこと

(八)  本件会社には就業規則又はそれに準ずるものは存在せず、敏夫において、アルバイトを含む従業員、取締役の賃金の額、月給者でも欠勤した場合には賃金を差し引く旨、就業時間を午前八時から午後五時までとする旨決定してはいるが、他方、前記のとおり、本件会社の業務に従事していない藤田、キクエ、西山、また就業時間の定めに拘束されることなく、仕事があるときだけ直接現場に赴いている相馬については、出勤簿、賃金台帳上は、総て出勤扱いとされていること

(九)  賃金支払の面においても、本件会社においては、敏夫と原告以外の者には、月末に賃金が支払われているが、敏夫と原告については、本件会社の資金繰りの関係で、賃金支払日に賃金の支払がないということもあり、前記のとおり、税申告上は、役員報酬として計上されていること

が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右の事実に照らせば、原告は、敏夫の指示に基づき、本件会社の事務関係の仕事を分担し、本件会社から賃金名目の金員の支払を受けていることが認められるものの、本件会社は、実質的には、敏夫の個人事業を法人形式で行っているものに過ぎず、原告は、右事業主である敏夫の妻として、敏夫と共に、その生計の基礎を、敏夫の個人事業とも言うべき本件会社の売上げに依拠しているものと言うことができる。そして、原告についてひとまず措けば、本件会社には、原告の労働者性について比較の対象となるような労働の対価としての賃金を受けている労働者は存在しない(相馬は、現場監督が必要であるということで形式上本件会社の従業員ということになっているに過ぎず、その勤務形態、賃金の額等に照らせば、相馬に対する賃金は、労働の対価というより、現場監督として名前を使うことに対する謝礼という色彩を強く帯びているものと考えられ、右に反する証人荒蒔敏夫の供述部分は採用しない。)ものと言うべきであるから、原告の勤務形態、賃金支払状況等自体から、原告が前記事務関係の仕事を分担して行っていることの対価として賃金が支払われているのかどうかを検討することとする。

3  原告に対する賃金名目の支払は、敏夫に対するそれと同様、本件会社の資金繰りに応じて、支払が不規則であり、また、原告が本件会社の事務関係の仕事を分担していることの理由が、他に事務員を雇うことによる人件費の支出を節約するためであること等に照らせば、いわば敏夫の個人事業である本件会社の売上げを、賃金支出の形式をとって、敏夫及び原告を含むその家族に留保する趣旨のものという色彩が濃く、原告の勤務形態の面でも拘束性が薄弱であって、これらの点からすれば、原告が本件会社の事務関係の仕事を分担しているのは、本件会社の経営者であって自らと生計を共にする敏夫に対する妻としての協力の一環であるとの色彩が濃いものと言わなければならないから、原告が敏夫の指示に基づいて本件会社の事務関係の仕事を分担していたこと及び本件会社から賃金名目の金銭の支払を受けていた事実をもって、右金銭が、原告の労働の対価として支払われた賃金であると目することはできない。

そうだとすると、原告は、労基法九条に規定される労働者に該当するものと言うことはできず、従って、労災保険法上の労働者に該当するものとも言うことができない。

三  (人証略)は、労災保険料の自主申告に当たり、原告に支払っていた金員を賃金として算定したのは、労働基準監督署の説明会で、代表取締役以外はすべて賃金とみなすよう指導を受けたからである旨供述し、(証拠略)にも右に沿う記載が存するが、(証拠略)によれば、昭和五五年四月、栃木労働基準局長名で、各事業主に対し、「労働保険の年度更新手続等について」と題するパンフレットが配布され、右パンフレットには、法人の役員の取扱いについて、「法人の取締役、理事、無限責任社員等の地位にある者であっても、法令、定款等の規定に基づいて業務執行権を有すると認められる以外の者で、事実上、業務執行権を有する取締役、理事、代表社員の指揮、監督を受けて労働に従事し、その対象として賃金を得ている者は原則として労働者として扱われます。」とし、法令等により業務執行権を有する役員について有限会社の場合各取締役がそれに当たる旨の記載があることが認められるのであるから、労働基準監督署において、労働の対価として賃金を得ているか否かにかかわらず、一律に、代表取締役以外の取締役について、労災保険料の算定に当たり賃金とみなすよう指導していたものとまでは言い得ない。

四  以上説示のとおりであるから、原告が労災保険法上の労働者に当たらないとして、原告の療養補償給付の請求に対し、これを不支給とした被告の本件処分にはなんらの違法は存しない。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野澤明 裁判官 草深重明 裁判官 團藤丈士)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例